2008年05月19日

ブッ飛びウィークの備忘録

先週一週間、
おそらく、記録的に忙殺された一週間だったのですが、
同時に、記録的に面白かった!

というのも、月から金まで、
毎日お酒を飲む機会があり(ぼくは相変わらずコーラ連発)、
楽しいというより、さすがにそれだけ色んなフィールドの人と話すと、
とても刺激的で、つまらないわけがないのです。

ぼくはすぐ過去のことを忘れてしまうので、
以下備忘録的に、客観的配慮のないテキストを流します。


●月曜日

<N出版勤務/元CINRAの重鎮スタッフとの久々に会う>

「CINRAはさ、色気が足りないよね」と言われ、ドキっとする。

以前、ぼくが敬愛する友人にも「CINRAはエロスが足りないよね」と言われた。
もちろん、これは性的な「エロ」の意味ではない。
人をひきつける魅力としてのエロス、色気である。

彼に言わせれば「色気」とは、
「90%の共感と10%のナンセンス」から成立するという。
彼の中では高田純次とGOOGLEがそれにあたるらしい。笑

ぼくはそれを転じて、
「媚びて媚びて、ギリギリのところで媚びない」と解釈してみる。
それは、とてもかっこいい仕事のスタンスだ。


●火曜日

<前にバイトしていたWEB会社の人たちと久々に再会>

とあるクリエイティブディレクターの人が酔っぱらってこう言う。

「やっぱりさ、『説得』じゃなくて『納得』なんだよ、いい仕事っていうのは」

これは名言。
お客さんを説得させるのは単なる自己満足。
納得してもらって、一緒に何かを生み出すのが
ビジネスの理想的な形なんだよなぁと学ぶ。

続けて、こうも言う。

「俺はさ、最高のクリエイティブっていうのは
消費者の想像力を喚起させるものなんだと思うんだよね」

押しつけの広告(=メディア)ではなく、
その商品なりサービスを訴える広告をきっかけに、
消費者・受け手がイメージを膨らます。

その、受け手なりの「解釈(=妄想)」のようなものができた瞬間に、
そのクリエイティブは受け手に強い影響を及ぼす。

うん、これも名言だ!
広告だってメディア制作だってアートだって音楽だって、全部同じこと。

「伝える」と「伝わる」の違いがここにあるわけです。

あぁ、まだまだだな〜。


●水曜日

<今exPoP!!!!!(CINRAの毎月のイベント)を手伝ってくれているI氏と>

相手が聞き上手すぎて、ぼくは自分のことばかりひたすらしゃべり、反省。
聞く技をもって身につけたいと、心に誓う。

でも、人に何かをしゃべると、
自分の考えが整理されるっていうのはあるよね、うん。


●木曜日

<以前お世話になったディレクターの方とランチ>

CINRAの次の一歩について、多大なるアドバイスをいただく。
キーワードは、マネジメント、海外、行政。

「求めよ、さらば与えられん」とはキリストの言葉。

いつもこうやって、後押ししてくれる誰かがいる環境であってほしい。


<その後、埼玉の若手アーティストのアトリエに取材>

久々に都会から離れ、電車に揺られて何もない
工場跡のアトリエに行く。

たくさんの作品が置いてあり、
まさにモノが生まれる瞬間、場所とは
こういうドキドキ感があるものなのだなぁと思った。

アーティストが日々何を考えているのか、
作品にどんな想いを込めているのか、
これを2時間くらいで4人分というのは、
図々しいにも程があるわけだけど、
皆本当に素晴らしい人たちでぼくらを受け入れてくれた。

アートは、間違いなくきているし、今後2,3年はこの波は衰えない。

この取材の編集は大変だけど、とてつもないパワーと、真剣である事の大切さを知る。

取材後は、アトリエ前でBBQ。
何の音もしない環境というのがとても久々で、
ボーっとしてみたら、なんだかとても心が安らいだ。


●金曜日

<毎月好例のCINRA社員飲み>

グダグダと男女の関係についての話しをしているうちに、
アートディレクター井手先生がペラっと1枚の紙を差し出す。

CINRAのメディアをいかにプロモーションしていくかという提案。

これをきっかけにみんながたくさんしゃべって、
4人で現状の問題把握と今やるべきことを、めちゃめちゃポジティブになる。

日々、とてつもない量の業務をこなしているわけで、
定期的にこういう時間があると、一気に共有できるから嬉しい。

井手君、マジありがとう。


●土曜日

<渋谷で街頭取材!>

次号のCINRA MAGAZINEの特集は「アート」がテーマ。

で、アートに対する意識調査をするべく、
青春の象徴であるエゴン・シーレの作品を2枚持ち、渋谷に繰り出す。

待ち行く若人たちに突如シーレの絵を見せ、
「どう思う?」と乱暴にぶつけてみる。

でも、やっぱりみんな黙りこくる。まぁ当然だよね。
俺だってそうだよ、ごめんなさい、と思いつつ、
最後、勇気を出してギャルに直撃。

そしたら出るわ出るわ。

「何コレ! 超キモいんだけど〜」

「鼻がマイケルジャクソンじゃね?」

「つーか何?これテレビ? 私テレビでちゃうの?」

渋谷の喧騒をぶっ倒し、
大声でリアクションがジャンジャンでてくる。

こりゃもう、この人たちは何かデカいことをやらかすな、と確信する。
アジアとか旅行行くより、よっぽど異文化交流です。

これ、映像で配信します。
7月20日に発行するんで、お見逃しなく!

さらにさらに、
その後、取材をした1人の青年から突然電話がかかってきた。

「あの絵、どうしても気になったんです、もっと詳しく教えて下さい」

彼は普段、絵には興味がなく、美術館にも行かないんだという。

でも、いきなり絵を見させられて、数分の街頭取材が終わった後、
ずーっとその絵のことが頭から離れず、
気になって電話をかけてきたのだという。

電話を切る直前、
「今日、インタビューしてもらえてよかったです。今度、美術館とか行ってみます」
と言ってくれて、
もうぼくはこの特集の任務が完了したような気になって、悦に入る。

最高だよ、青年。
ありがとう!


<その後知人の演劇の公演にて、
 アフタートークのゲストに呼んで頂き、しゃべる>

人前でしゃべるっていうのは、
やっぱり取材をするのとは全く違うんです。
いやぁ、場を盛り上げるって、大切だよね。

周りは良かったと言ってくれたけど、65点くらい。
公演は、最高だったよ、篠田さん。

ダラダラと書きなぐっちゃったけど、
書いているうちに記憶が蘇ってくるから不思議。

もらった栄養は、忘れちゃいけませんもの。

2007年11月28日

恩師の声は、圧倒的に愛だった。

ぼくには恩師と呼べる人が二人いて、
その中の一人にオキザキ先生という人がいます。

国語の先生で、中学生当時、今のぼくと同じ25歳くらい。
外で遊んだり、ゲームをしてばっかりいたぼくがやたらと本を読むようになったきっかけは、今思えばこの人だったのかもしれないと思います。

最終的に自分が教育の分野に携わりたいと思っているのも、この人のおかげかもしれない。

人生のこと、恋愛のこと、生きること、死ぬこと、
色んなことを、放課後にわざわざ時間をとってもらって教えてもらいました。

今日、ちょっと大事な用事があって、
ネットで検索をして連絡先をつきとめ、電話をしてみた。

もう先生は学校にはいなくて、
京都で幼稚園の園長と牧師を兼任しているらしい。

電話の向こうから、
10年前と変わらず元気の良い声で「もしもし!」と聞こえてきたときには、
仕事ではりつめている緊張感がフニャーンと崩れてしまいました。

いっつも元気が良く、
人のことばっかり気にして、
たくさんのわらじを履いて、
今日も徹夜でやることがあるらしかった。

京都のはずれで、毎日子供と接して、
3人の子供に恵まれていて、
身近でささいなことにも、全身全力で向き合うその暮らしを聞いて、
今のぼくの暮らしというか、
日々考えていることと根本的な価値観のギャップを感じ、
なんだか奇妙な心持ちでした。


先生は、30代半ばの今もやっぱり毎日アツく、圧倒的に愛でした。

本当の教育者とはその存在が愛なのだと思い、
教育者に関わらず、人間とは、つまるところ愛なのだと、
とんでもなくクサくて、日々そんなこと考えてたら仕事できねーよ、
っていう現実と真実のギャップに、葛藤し続けることを決めた30分の電話でした。

2007年04月16日

ここ1ヶ月の雑感

雑な言い方をしてしまうと、色んなことがあって、大変なこともあるけれど、ともかく仕事がめちゃめちゃ楽しい。

成長は自覚するものじゃなくて、
数字に表れたり、人に言われてはじめて「成長した」と言えるものなのだと思うけど(J-POPの歌詞みたいだな、笑)、たまには自覚してみるのも悪くない。じゃないと次のステップに行けないのです。

cinraは、目指していることが社会的な分、他の企業にはない揺るぎないパワーがあるし、それを支える優秀であたたかい仲間が沢山いる。

一方で、社会的な自己実現度が高いからこそ、ビジネスとしての実現度を突き詰めようとしないことがままあります。それじゃあいかんのです。

大企業やベンチャー企業、組織的な企業、個人の力にみなぎる企業。色んな方々にお会いして刺激を受けながら、cinraはその部分でも人一倍がんばって、自分やみんなの生産性を常に意識していかなくちゃいけない組織なんだと思う。

だから平日は、鬼気迫り、がむしゃらに仕事する。生半可な勢いじゃダメ。

で、土曜日はパーっと気を抜いてスタッフや周囲の人達と遊んだり打ち合わせをしたりする。

そして日曜日はおいしいご飯や大好きなケーキを食べて、
「やっぱりここのタルトは最高だよねー」
とか言いつつ、来週への元気をもらう。

このリズムで、この1ヶ月を流してみました。
悪くないので、もう少し続けてみようかと思ってます。

気づいたらちょっとずつ暖かくなってきてる!


あ、先日東京都現代美術館(MOT)の「マルレーネ・デュマス 〜ブロークン・ホワイト〜」の記者会見+プレス内覧会に行ってきましたが、これはいいです。

20日に発行するcinra magazineでこの展示の招待券を読者プレゼントにいただいたので、是非応募してください!

東京都現代美術館HP


2007年02月05日

乾燥する記憶にフェルゼアを。

先週について、一息ついたのでサクっとまとめてみます。

日曜日、
musabi.jpg
ムサビの修了展を観に行く。知り合いが修士を卒業するタイミングだったので、遠路はるばる。あのあたり(鷹の台とか小川とか)まで中学高校と6年間通っていたかと思うと、ほんとにゾッとする。笑。 遠すぎじゃよ・・・。

学部と修士の圧倒的な差を感じた。
「個」がいかに作品として立っているか。それは自分と社会に向う両方のベクトルが、バランスよく模索されている結果なのだろうと思う。
内面でものすごい格闘をしているにも関わらず、学部の時よりもみなさん丸くなった印象を受けた。非常に感じが良い。うん、大人だ。


月曜日、
打ち合わせラッシュ。
素敵な出会いもありつつだけど、またしても世の中の非効率を感じた。これを最適化した場合、結局はcinraにも良くないことが起きることが分かって、落胆する。まずは、自分が身をもって行動すべし。


火曜日、
某案件でARTiTの小崎さんとアジールデザインの佐藤さん、中澤さんと打ち合わせ。うまくいけば、cinraにとってはすごく嬉しいプロジェクトが始まります。


水曜日、
cinraのwebサイト大規模リニューアルの会議。
これもうまくいけば(いかせるけど)、面白いことができそうです。いざ、国境越え!


木曜日、
某案件の撮影に参加。
撮影の現場っていうのはすごい緊張感です。
デザイン業務は内勤が主なので、この現場のスピード感にはいつもハっとさせられます。みんなで1つのものを楽しみながらつくる。素敵です。


金曜日、
お世話になりまくっているシフトブレインとの懇親会。タクマさんとヨコヤマさんのバースデイパーティーでもありました。サプライズ。おめでとーございまーす!
監獄居酒屋、初めて行ったけど、普通にヒくね、あれは。笑
gyouza.jpg


土曜日、マガジンのデザイン会議&餃子対決の日。
詳しくは、5日夜配信のcinraメルマガにて。
今回からメルマガリニューアルしたんで、是非見てやって下さい!

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ただ一週間を追ってみました。
物忘れがいよいよ深刻になってきたので、こういう要約的なまとめをすると色んな大切なことが抜け落ちて、乾燥したかんじになっちゃうけど、全部忘れるよりはマシってもんです。
あと、フェルゼアは、冬のかゆみ付き乾燥肌の救世主です。

2007年01月24日

悲しい出来事

中学高校と同級だった友達が先週亡くなった。
2年弱、脳腫瘍に苦しみ、度重なる手術やリハビリをがんばっていた。そして先週日曜、お通夜に行ってきた。


ぼくは、たぶん異常なほど、過去を覚えていない。
ほんの断片しか記憶がなくて、いつも同窓会の話題についていけなくなる。
「あのとき杉浦が〜〜って言ってさー」
と言われても、90%覚えていない。
ここまでいくと、無責任すぎる。

そんなぼくの彼との思い出も、やはり断片的で少しだけ。

彼は中学1年にして170cmを越える長身だった。
違うクラスだったんだけれども、今と同じく色んな意味で背伸びをしていた当時のぼくを、彼は生意気だと思ったらしく、上履きをぶつけてきた。

多少キレて、どうしてやろうかと思っていたら、すぐにあやまってきてくれて、ちょっと仲良くなった。これがはじまり。

その後、ぼくは何度か彼を傷つけたように思う。
それでも彼はぼくをずっと慕ってくれた。
何かと「太一はすごい」と言ってくれて、ぼくはただ彼の言葉をもらっていただけだった。

青春というものが誰にも訪れるものなのだとしたら、ぼくの場合、中学3年の頃がそう言えるんだと思う。ひたすら大はしゃぎした。裏切り。友情。恋愛。色んなものが凝縮した時期だった。

その年の体育祭でぼくと彼は違うクラスで団長同士だったんだけど、終わった後に抱きしめてくれ、一緒に涙したのを覚えている。
(普通の学校じゃバカだと思われるけど、ぼくが行ってた学校はちょっと特殊だったんだ)


彼と離れて(高校を卒業して)、大学ももうすぐ卒業という頃、彼の病気のことを聞いた。
友達と病院に行くと、頭痛がするのに、いつも通り明るく、ぼくと話しをしてくれた。

そしてそれから1年後にお見舞いに行った時は、少し言葉が弱くなったようで、物を言葉で認識したり、自分の思っていることを言葉にするのに困難が生じているようだった。

帰り際、ぼくは彼と握手をした。
「がんばれよ」と言うと、彼は目をものすごく大きく見開いて、力強くうなずき、ぼくの手をギュっと握り返してきた。

そしてそれから半年くらい経った先週、
仕事中に彼が亡くなったことを母から聞いた。

リハビリがうまくいってると聞いていただけに、ワケがわからず、放心した。
悲しみはこみ上げてこなかった。
全く実感が湧かないんだ。

それから、ぼくはただ、彼の葬儀に1人でも多くの人が来てくれるように、半ば事務的に、片っ端からこの知らせをもう何年も会っていない友達に連絡し続けた。

当日、みんなが呼びかけてくれた甲斐あって、たくさんの人が来てくれた。
彼の人望を感じた。


まず、お焼香をした。
しばらくして、少し落ち着いた頃に、彼の顔を見に行った。

もうダメだった。
何が悲しいのかもわからないし、本当はちっとも悲しくなかったのかもしれない。
ただ、涙がひっきりなしに出てきて、嗚咽した。

彼のお母さんはぼくを抱きしめてくれた。
情けなさすぎる。
ほんとはぼくが抱きしめてあげないといけないじゃないか。
でも、もう言葉も出せないくらいヒクヒクで、
「はんばって・・くら・はい(がんばってください)」と言った。


根拠がないとは、このことだった。
ぼくが彼とどれくらい仲が良いとか、どれくらい傷つけたとか、どれだけお互いのことを考えていたとか、そんなことはどうでもいいことだった。
ぼくはただの「存在」になっていた。
その存在が、意味のわからない感情か、出来事か、今でも何でかわからないけど、やたらと涙していた。


勝手なことだと今も思う。
こんなことがなければぼくは彼とはそこまで頻繁に会わなかっただろうし、お互いずっと生きていたとして、一度も会わなくたってそれはそれで問題なくお互いの人生を全うしたんじゃないかと思う。

彼がこの若さで逝ってしまったがために、こういう形で再会することになって、ぼくは自分の脳みそが強制的に(あるいは義務的に)行なう記憶のフィードバックを感知して、彼の存在がなくなってしまったことを認識する。
その運動で、ぼくははじめて悲しみを知る。
そんな自分勝手でオートマチックな悲しみなんて、いらない。

ただ、彼ががんばって自分の人生を生きようとしていたことと、それをご家族が必死で応援していらした姿を目にして、巨大な悲しみと悔しさを感じる。

神様を憎むわけでもなし、誰を憎むわけでもない。
強いて言えば、死ぬことやお別れに特別な感情を付与してしまった人間に、言い知れぬ愛おしさと憎しみを感じる。


いつだってそうだ。
死は、生を自覚させる。


それから、空を見る度に彼の笑顔とか、悔しそうな顔を思い出す。

残ったぼくは、ただ懸命に生きようと思っている。

2006年12月31日

2006年のおみくじの結果

怒濤の業務も一段落。
年末を感じる余裕さえなかったけれども、
今、今年のcinraの業績を整理し終えて、やっと一年の終わりなかんじがしてきた。
大晦日はのんびり過ごそっと。

今年は本厄だったし、おみくじも大凶っていう人生史上稀に見る境遇だったけど、ほんとに素晴らしいことしか起こらなかった。

cinraや、僕自身を支えてくれるすべての人に心から感謝!


今年の目標は「良くも悪くも経営者になる」でした。
cinraを会社にするまでの3年間、お金になんか興味がなく、ただがむしゃらに情熱を燃やしてきました。

そして会社にして、情熱だけではいけないこと、お金を自分の手で生み出していくこと、人を束ねていくこと、色んなことを学んだし、まだまだ発展途上です。


2年くらい前、cinraでやっていくのか、就職をするのか、悩んだ時期がありました。
少し会社に勤めて、スキルやネットワークを充実させてから挑んでもいいんじゃないかと思ったんです。Never too lateっていう格言もあるわけだし。

ぼくの近しい人も、みんなそれを勧めていました。cinraがやろうとしていることは簡単な道のりではないわけだし、本当にぼくのことを思ってくれているからこそですね。

だけど、やりたいことがあるのに別の仕事をしても、そこで得た経験は、「ま、俺はやりたいことが他にあるからいいや」的な考えで、何事にも本気になれない。
色んなことが本当の意味で自分の実にならないんじゃないかと思いました。

それなら、失敗してもいいから「今」がめちゃめちゃ充実している方がいいじゃんね、と思ってcinraでやっていくことを選びました。

起業して8ヶ月経った今、あの時思った通り、一つ一つの経験や出会いが豊かにぼくの中に吸収されていって、今では当時心配してくれていた人たちはもちろん、もっと多くの人たちがcinraやぼくを応援してくれています。


この8ヶ月は、cinraを個人事業から株式会社へステップアップさせてくれました。
ぼく自身も、今見渡せる限りで「経営者」になれたと思うし、色んな人たちのおかげで以前に増す自信がつきました。


来年は、ぼくの力と潜在能力を、躊躇なしに全部解放したいと思ってます。
10年以上待ちに待っていた、脱皮です。


2006年12月05日

理不尽だと思う

今日、晩飯食べながらnews23を見てたら堀江さんが出てきた。
「未来」とか「新しい」とか「希望」っていう言葉っていうのは、連発し過ぎると一気に興ざめです。
言葉が宙に浮いて、うさんくさくなります。
別に堀江さんがどうこう、っていう話しじゃなくて、単純に。

その後、例の「交通事故きっず」についてのニュースだった。

いっつも同じように思っていることなんだけど、たぶんああいうひどいことをするのは多くても10万人に1人くらいなものだろうと思う。
一方、テレビを見ているのは、残りの99999人。
その人達がみんな同じ情報を受け取って、10万分の1の確率の情報を無理矢理発信される。
で、「世の中ぶっそうだなぁ」とか「世の中暗い事ばっかりだなぁ」とか思ったりする。

それがスタンダードになって、危機管理欲求が高まって、防犯グッズがバカ売れしたりする、っていうのはまぁいい。

それより、世の中ってネガティブなんだ、っていうのが、実際は10万分の1の事実なのに、絶対視されちゃう。
それっておかしい。
だから、枠の外に出るのが危なっかしく思えて、変に保守的になってしまうわけだ。

森達也さんの言葉を思い出す。
「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」
名言です。

森達也HP

2006年10月28日

レンタル屋と結婚式とweb2.0とコーヒー

生まれてはじめて、借りたDVD(ビデオ)を返し忘れた。
次号のマガジンの企画のために借りてきたものだったんだけど、
頻繁にレンタル屋を使っていた暇な学生時代から
ずいぶんと一週間の間隔が短くなったらしく、
レンタルしたものを返しに行く間隔がずれちゃってたのかな。

「時間に翻弄されるんじゃなく、コントロールできるようにならないといかんよ」
といつものように自分に苛立っていた矢先に、友人から結婚式の招待状が送られてきた。

間接的に友人が結婚したとか、子どもが生まれたって話はちらほら出始めていたけど、
自分に送られてきたのははじめてだ。

それも大学時代ずいぶんと時間を共有してきた友達ということもあって、ドキっとする。
24歳とは、もうそういう時期なのです。

レンタル屋で申し訳なさそうに延滞料金払ってる場合じゃありません。
レンタルされる側にならなければならない時期なのです(なんだそりゃ)。


女性の結婚ラッシュ第一期は25歳らしいし、これから続出なのかもな・・・

それはそうと、女性は男性を招待しちゃいけないっていうのは、もう古い時代の話なのか?
その辺はさっぱり無知蒙昧だ。


話は180°変わる。
糸井重里がweb2.0について話している。


ぼくが最近「web2.0」にがっつけないのは、それがあまりにもトレンドみたいになってしまっていて、あたかも数年前のネットバブルを彷彿させるからなのだけど、やっぱり腑に落ちないのはこういう理由だったわけだ。

メディアはメッセージである、と言ったのはマーシャル・マクルーハンだけど、その前に使う人間がいなければメディアは成立するはずがない。受け取る側と発信する側の考え方が何よりも優先されるべきなのです。

コーヒーはとってもおいしい飲み物だけれども、それをコーラだと思って飲んだあの違和感とやるせなさに近いものがあります。
もちろん、それをはじめからコーヒーだと思わせるのが時代の流れであり、モノを作る側の力なのだと思いますが、
「これがハヤリだからさ!」
と言ってほんとはコーラを飲みたい人にコーヒーしか出さないのは間違いなわけだし、井手君がかわいそうです(井手君はいつもコーラを飲んでいます)。

そういう気持ち悪さは、テレビCMなんかの広告にも言えることで、
やたらとかっこいいCMは「広告批評」なんかに掲載されて、チヤホヤされるし、ぼくもそういうのが好きなわけですが、
BOOK-OFFとかカッパ寿司のCMのダサさが間違いなのかと言えば、「広告」としてはあながち間違ってはいないんじゃないかと思います。

その意味で、携帯の番号ポータビリティ開始直前〜今に続く各社のえげつない広告は、スカっとしました。
デザインで攻めていたauが
「顧客満足度ナンバーワン! さあ、いらっしゃい!!」
このなりふり構わないがっつきっぷり、悪くないんじゃないかと思います。

2006年09月28日

メカネロ

今日は仕事帰りにメカネロの渋谷ネストでのワンマンライブに行ってきた。

メカネロとは、もうどれくらいのおつきあいになるだろう。
3,4年かな。最初は傍目から。最近は関西ツアーにドライバーとして同行させてもらったり。
相方の万作氏がやっているということもあり、なんだか一緒に成長してきたような気概を手前勝手に感じている。

今日でVO.のまりぺはメカネロとお別れ。
最初にまりぺが歌っているのを見たのはcinraのイベント「C2」でした。ちょうど2年前かな。
あの頃の「大丈夫かなぁ」という不安はもはやなく、2枚のアルバムのリリースを経て、メカネロのフロントマンとして彼女独特の雰囲気があったような気がする。

ライブ後半はマジマさんも参加。
メカネロは、やっぱりこの5人だと思う。
みんな演奏中にそれに気づいちゃってるような気がして、なんだかすごく楽しそうだし、すごく寂しそうで、複雑でした。

でも、考えてみればいつもこうだったのかな。
ボーカルはやっぱりミチコちゃんだろうとか、ドラムはやっぱりタダクマさんだろうとか。
毎回そう思ったけど、時間をかけてゆっくりと、メンバーが何度変わっても最終的には進化をしながら「メカネロ」になっていった。それが、林さんの才能であり、みんなの音楽とメカネロに対する誠実な努力なのだと思う。ほんとに強い。


なんというか、どう形容したらいいのかわからないけれど、色んな感情の錯綜があって、みんなすごく美しかった。美しい人を見たのは久しぶりだったような気がする。

演奏がうまいとか下手とか、そういうことはもはやどうでもよくって、この人たちの今までのがんばりとか、色んな想いとか、これからへの葛藤とか、ぼくはそういうのをこれっぽちもわからないのだけれど、そういうことに勝手に思いを馳せさせる力のあるライブだった。


どんな人間でもライフスタイルによってどんどん人は変わる。

最近はお仕事漬けで、自分のアンテナが徐々に腐っていく気がしてならなかった。だから忙しくても意識的にアートや映画や小説に触れようとしていた。使っていない脳みそは、とことん腐っていく。体と脳みそは一緒。

経営者としての素質をのばそうとする一方で、ゾクっとするアンテナを犠牲にしつつあるわけです。ある意味ではそれは仕方のないことだし、きっとこれからしばらくはこの葛藤が続くのだろうと思います。

でも、今日はゾクっとさせてもらった。
そう、この感じ。
これがぼくにとってのリアリティーであり、同時にロマンティシズムなのだと思う。

これからも一緒に大きくなっていければと思います。

みんな、がんばってね。
まりぺとまじまさん、おつかれさまでした。

メカネロ

2006年09月20日

そういえば、厄年だった。

深夜、新宿のキンコーズにかけこむ。
さくっと印刷を終えて、コインパーキングで清算していざ出庫しようと思った矢先に

ガリガリ・・・・

バーが下がってなかったのです。
ちょうど車のお腹にバーがあるもんだから、身動きがとれない。
早速管理業者を呼ぶ。

現れたのは警備のおじさん。
「いやぁ、前もこういうのあったんだよね〜」

「・・・・」
だったらなんとかしようよ。

おまけに
「5cmずつくらい動かしてもらえますか?」

いやぁ、それはまずいでしょう。
ガリガリいってるんですから・・・

車を高く持ち上げられればなんとかなるとのこと。
ジャッキを取り出して車を持ち上げてみるが、バーは下がってくれない。
またせっせとジャッキを元に戻す。

もっと高く車が持ち上げられればいいとのことで、石を下に敷いてまたせっせと車体を持ち上げるが、途中で石が破裂。。。
今度はコンビニからタウンページとゴミ箱にあった少年ジャンプをとってくる。
そいつを踏み台にして、ジャッキで車を持ち上げる。
これがほんと重いのです。

何度も同じようなことをしているうちに、
「ウィーーン」とバーが下がりました!

所要時間2.5時間。
これはイタい。
明日は間違いなく筋肉痛だし。。。

みなさん、コインパーキングでは絶対にちゃんとバーが降りたことを確認してから出庫しましょう。
誰も助けてくれませんから。笑


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2006年09月18日

ライブドア監査人の告白

連休に入っていた予定がことごとく中止になって(最近こういうのばっかだな、笑)、比較的ゆったりした時間が過ごせた。
ぼくはケーキが大好きで、色んなところに行く(たまに正直に、気持ち悪いと言ってくれる人もいる、笑)。
近所にある「CONCeNT」というお店は、3本の指に入ります。
斜に構えた気取りがなく、ただただおいしいケーキ。
いちごタルトとモンブランをほおばる。幸せすぎる・・・
CONCeNT


livedoor.jpg
それから、読み途中だった『ライブドア 監査人の告白』を読み終えた。
2004年以降のライブドアの動きを監査人の目から見た、カミングアウト本。

実際あのときどういう仕組みで事件にまで至ったのかをちゃんと理解できていなかったけど、事件前からさかのぼって詳細に書かれている。著者にロジカルな文才もあって普通に面白かった。
会社をやっているにも関わらず、大企業の会計監査というものがどんな仕組みで行なわれているのか全く無知だったから、勉強にもなった。

バリバリの先入観で、「会計士」とか「監査人」ってお金が儲かるクールな職業をイメージしていたけど、中にはとんでもなくアツい人もいるみたいだ。やっぱりどんな業種だって根本は一緒なのですね。

こういう色々な思いを知ると、やっぱり自分に返ってきて、ゴニャゴニャと考える。
cinraを立ち上げた当初の思いに立ち返って、何がやりたくてここまで来て、この先どんなかんじでやっていこうかなぁとツラツラとメモする。うん、面白くなりそうだ。

HI360081.jpg


2006年09月15日

カッシーナ・イクスシー

今日は外出がなく、朝からひたすら内勤。
気持ち的にもすごく落ち着くし、作業に没頭できるからうれしい。

と、友人からの連絡で、
カッシーナの展示会のレセプションパーティーのインビがあるということで、連れてってもらった。

cassina.jpg

カッシーナはイタリアのインテリアブランド。
http://www.cassina-ixc.jp/

ぼくはなぜかすごくインテリアが好きで、もちろん買えないし、買えたところで部屋に入らないんだけど、見てるだけですごく幸せな気分になれるのです。
カッシーナは手の届かない高嶺の花だけど、ゴージャスな方々がたくさんいらっしゃいました。

その後、その彼がもうすぐイタリアに帰るので(3年ほど留学中で今は夏休みのようです)、新調したwinPCやらiPodの設定(mac→win)やらを仕事かたわら手伝ってあげる。

と、skypeのmac版がビデオに対応したとのnewsを発見。
早速インストールして、ぼくのPCとそいつの新しいVAIOで実験してみると・・・

skype.jpg

動く!気持ち悪い!笑
今までわざわざwebカムを買おうとも思わなかったけど、これは使える。
伝わってくる情報量が違うし、国が違うとかなるとそうそう顔は見れないしな。

あ、話しは変わって今週土曜はcinra salonでございます。
カッシーナみたいなゴージャスさは皆無ですが、気軽に遊びにきて下さいー
http://www.cinra.net/salon/


2006年09月14日

近く、遠い人

前まではすごく近しかった人で、ここ4,5年でわりと疎遠になって、たまにしか会わなくなった人がいる。

その人はたぶん今年で50歳になるんだけど、20代後半か30代前半で父親の会社を引き継いで、その後色んな事業を展開していった。
バブルも経験したし、もちろんその崩壊も経験して、トライ&エラーの連続。
いつでも子どもみたいにチャレンジ精神を忘れない。
このチャレンジ精神は、彼の半分しか生きていないぼくも到底かなわない。

今日は久々に会って、仕事の話しをメインに色々と話しをしたのだけれども、相変わらずハードな日々を過ごしていらっしゃる。

今すぐ花開くものではない事業に挑戦して、規模をどんどん拡大し、なんと毎月何億円ものお金を調達しているようだ。それでもなぜか人はついてきて、なんとかなっている。ぼく以上に、当人が一番それを不思議に思っているらしい。

そして、ぼくに目をギラギラさせて将来のビジョンを語る。
もちろん、ビジョンを「語る」だけではない。
無茶苦茶に動き回っている。

正直、普通の人間ならば毎月とんでもない巨額を調達するのに躍起になって、もう精神的にクタクタになるはずだ。少なくても自分なら絶対にそうなる。離れていく人や敵もたくさんいるだろう。

さらに、グループ全体の社員とその人達の家族を数えれば、1000人近くの人生を背負っているわけだ。ハンパではない重圧だし、ある種、気をおかしくしなければ生きていけない。

それでもその目と、その口から発せられる言葉で、人を動かし、自分を動かしている。
「収益がでるのはこれからだ」と誰よりも自分が確信している。

グッドウィルの折口氏は「企業は宗教だ」と言っていた。
経営者自身がまずその第一の信仰者にならなければ、世の中の不条理を変えるビジネスはできるはずもないし、誰もついてくるはずがない。逆風が強すぎる。

とりあえず、その逆風をめいっぱい受けてみるのがスタートラインなのかな。

だいぶ先の景色を見せてもらったような気がしました。

2006年07月25日

楽園への入場券

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とうとう来ちゃった。fuji。
最終日だけだけど、それまでにしっかり仕事を終わらせるべし。
そして存分に、はしゃぐべし。
今日の予報では30日は曇り。頼む。雨はイヤだ。